丸い地球の同じ空の下で、世界的なスポーツの祭典が行われて、かたや複数の場所で兵器が飛び交う軍事的な衝突が続いている。
スポーツの白熱した競技に喝采の声をあげるかと思えば、飛んできたミサイルに命を奪われ絶望の悲鳴をあげる。
どちらも同じ人間同士でやっていることなのにギャップが凄い。
人間の歴史は戦争の歴史でもある。
歴史上、地球で戦争がない時間は累計で6年ほどなんだとか。
ふと、自分の歴史だけで考えてみても、中東方面ではいつも戦争をしている気がする。
そして、近いところではロシアとウクライナの戦争。
戦争がどんどん日本に近づいてきている。
戦争というと第二次世界大戦のような雨のように爆弾が降ってきて町中が火の海になるようなイメージをもつのだが、昨今の兵器は離れたところからモニターをみながらスイッチを押すと爆撃ができるような、ともするとテレビゲームのように進化していると聞く。
ドローンを使った兵器もまたしかり。
兵器は進化して一度に殺戮できる人間の数が格段に増えている(刀ひと振りで1人殺すものが爆弾ひとつで何十万人を殺すことが可能となった)が、人間の好戦的な感情は太古の昔から進化しないようだ。
戦争を肌身をもって経験している人は本当に心底戦争を嫌がる(当たり前だが)。
戦争を経験していない人間は、なんとなくの知識として戦争を嫌がる(肌身で経験している人からしつこいほど聞いているから)。
戦争を経験した人々の数が減っていくこの先の人たちは「戦争」をどのように感じるのだろうか。
近い将来、日本を取り巻く国に攻め込まれるような気がして怖いのだ。
「仲良く」だけじゃ舐められるし(今も充分になめられている気がするが)、強硬策にでて火種を作る必要もないだろうし。
文化(発想)のまったく違う人間と国として付き合わなくてはいけないって、ホントに難しいと思う。
国会議員のことを簡単に無能呼ばわりする傾向にあるけれど、外交をできるのは国会議員をおいて他にいない。
国民の平和な生活を守る上で、守ってもらう上でとても重要な役割を担っている(議員全員じゃないけれど)。
政見放送中に脱ぎだしたり(脱ぐならブラまでとってほしい)、NHKをどうこうするとか(現状だって「受信料なんて払ってないよ」としたり顔するやつばっかしじゃん)、モザイクと表現の関係性とか、、、主張するのは自由だろうが、選挙民はそんなものを相手にしてるわけにはいかないのではないか。
国の行く末を真剣に考える人に投票をしたいし、そういう人に立候補してもらいたい。
・・・難しいのかな。。。
ほいじゃ、また 


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