2011年3月11日 14時46分。
あの恐ろしい地震から14年という時が流れた。
悲しむこと悔しいこと諦めること、戻ったこと、いろいろあると思うが、災害がなかったことにはできない。
今も困っている人たくさんいる。
地震の被害はもとより原子力発電所の破壊による被害からの復旧が難しい。
放射能に汚染された水や土の処分が困難に直面しているという報道をみた。
汚染土の受け入れ
あぁ・・・これはどうすればよいのだろうか・・・・・・。
放置したとて汚染がなくなるわけでもなく、軽微な汚染とてどんな影響があるのかもわからず。
被災地の人には震災前に近い状態の生活を取り戻してほしいと感情では思っていても、その障害となっている汚染した土や水などを積極的に受け入れるのかというと、それもまた簡単に判断することが難しい。
あぁ・・・。
いっそのこと宇宙へ投げることはできないのだろうか。
そんなくだらない冗談が冗談じゃなくなる日はくるのだろうか。
宇宙が近くなる日が早くきてくれたら解決できることもあるのかな。
・・・いや、宇宙はゴミ捨て場じゃないって宇宙人から苦情がくるのかな。
時は流れる。
一定の速度で流れる。
早く流れることも遅く流れることもない。
少しづつ街の景色は変わる。
少しづつ新しいことが起こる。
難しい難しい難しい課題ばかりが残っていく。
それでも時は一定の速度で流れていく。
1秒、1分、1時間、1日、1週間、1ヵ月、1年、10年、50年・・・100年。
・・・。
でも、震災がなかったことにはならない。
どんなに時間が経ってもなかったことにはならない。
自然を、地震を恨むわけにはいかないんだろう。
でも、地震を恨んでいる人はたくさんいるんだろう。
あぁ、難しい課題、どうすればいいんだろうか。
宇宙にもっと近づけたらいいのに。

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