ゴリ散歩(野球殿堂博物館)。


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きょうの1枚 : 東京ドーム長嶋ゲート
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水道橋駅にて下車。

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訪れたのは11月22日。
その前日21日に東京ドームでは長嶋茂雄さんのお別れ会がひらかれていた。

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「3」のユニフォーム22500円。

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JRは「E電」、東京ドームは「BIG EGG(ビッグエッグ)」という愛称だった。
平成初期のバブリーな時代を思い起こさせる。

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野球殿堂博物館。

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2025年はイチロー選手、岩瀬選手、掛布選手、富沢審判員が殿堂入りした。

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戦後間もなくのプロ野球(職業野球)の象徴である赤バットの川上、青バットの大下。
青バットとは緑色だったのか・・・青だと思っていた。。。
阪神藤村富美男のバットは他の選手よりも長い「物干し竿」と呼ばれていた。
実物が見られるなんて、さすがは博物館。

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読売長嶋茂雄が阪神村山実から天覧試合(昭和34年6月25日)でサヨナラホームランを打ったときのバット。
取っては取られ、4対4の緊迫したシーソーゲームで、21時過ぎには陛下がお帰りになる、そんな最終回の土壇場で長嶋が決着をつけるホームランを放った。
村山はこのことを語るときには必ず「あれはファールでしたわ」とネタのように語っていた。
また、その後に何度となく繰り返されることになる「ONアベックアーチ」が初めて記録されたのもこの試合である。


阪神対所人、村山対長嶋、ON。
昭和のプロ野球が詰まったような試合だった。

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三冠王と完全試合コーナー。

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1軍デビュー時の佐々木朗希は無敵だった。
なんつっても2試合連続の完全試合か!?って感じだったからね。
そのとき、オレはギランバレーでリハビリ病院にいた。
理学療法士の先生が、続けて完全試合か!?っていう試合を観にいってたそうで、鶴山先生が興奮気味にしていた記憶がある。
  またか!?って思いながら観てたんですけどねぇ~・・・笑

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「ドン」こと川上哲治のバット。
木の棒一本で球界の首領(ドン)にまで昇りつめる、大変だろうけど夢のある話だ。

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大谷のユニフォームの背中にはグラウンドを蹴ったときについたであろう泥ハネがついている。

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この「目」なんだろうな、真剣そのもの。
捕る、投げる、打つ、走る、常にこの目つきでプレーをしていたからスーパースターなんだろう。

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歴代の日本代表ユニフォーム。

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このユニフォームは野茂や古田、潮崎が着ていた印象が強い。

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このへんのユニフォームはオリンピックだろうか。
長嶋監督、星野監督で金メダル!・・・とはいかなかった。

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初めてのWBCのときのユニフォーム。
イチローが松坂が上原が小笠原が同じユニフォームで戦った。
こんなにワクワクすることってあるだろうか。

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今のJAPANのユニフォーム。
大谷が再びこのユニフォームを着る。
楽しみだね。

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野球殿堂入りレリーフの部屋。

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トルネード 野茂英雄。

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元祖安打製造機 榎本喜八。

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史上最高の助っ人 ラミレス&バース、六甲おろしの作曲をした古関裕而。

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右)ノムさんはレリーフになってもボヤきそうだな。
中)池田恒雄はベースボールマガジン社の創始者。
左)真田重蔵は主に戦前の朝日・パシフィック・太陽・大陽・松竹ロビンスで活躍した投手。
戦後は大阪タイガースで投手兼三塁手として活躍した。
重蔵は「じゅうぞう」と読む、カッコイイ。

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権藤、権藤、雨、権藤といわれるほど投げまくった中日権藤博。
中日のエースナンバーである20番の元祖。
投げまくったせいで現役生活は短かったため、コーチになってからは肩肘を大切にする指導をした。

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今牛若丸 吉田義男。
右隣に見切れているのはおなじショートストップの広岡達郎。
どちらも名手として名を馳せたが、プレースタイルは対極にあった模様。
阪神のキャンプで広岡が守備について教えたことを次に訪れた吉田は真向否定したという。
この2人が並んでいるところが面白い。

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阪神の大エース 村山実。
現役の晩年(1970年)に規定投球回数を投げて防御率0.98をマークした。
戦後唯一の防御率0点台である。
満身創痍で肩肘の痛まない位置を探し、投球時の腕の位置はだんだんと下がっていきスリークォーターからサイドハンドでも投げた。

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吉田派、村山派などと言われたが2人の関係はどうだったのか。
そこまで悪いものではなかったようだ。

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鉄人 衣笠祥雄。
デッドボールを受けてもヒョイと手を挙げ1塁へ走っていく。
笑顔がとてもとても、とても素敵だ。

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今年、とても残念な万引きで話題となった米田哲也も殿堂入りの選手だ。
「ガソリンタンク」と呼ばれ949試合に登板したタフな投手だった。
通算350勝は金田正一の400勝に次ぐ史上2番目の記録。
なのに缶酎ハイを2本万引きして逮捕された。
缶酎ハイって・・・あまりにも悲し過ぎる。

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日本にはWBCの優勝トロフィーが3つある!

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今回のWBCには残念ながら手術のため参加できないヌートバー。

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栗山監督は丸いものにとても上手に字を書く。
さすがはプロだ。

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新たな殿堂入り。
イチロー選手、岩瀬投手、掛布選手、富沢審判。

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今年、阪神 掛布雅之が殿堂入りした。
主に昭和50年代に阪神を代表する選手として活躍した。
阪神のレジェンドたちもたくさん殿堂入りしている。
プレイヤーだけでなく審判や野球の発展に尽力した人を表彰している。

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後楽園球場のシート。
オレンジ色のシートに座ったことがある気がする。

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後楽園球場で使われていたリリーフカー。

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角三男も乗ったリリーフカー。

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リリーフカーのボールの縫い目の部分は毛糸でできてるんだよ。
(どーでもいい知識)

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・・・プロ野球選手のあるべき姿が銅像になっている。
常に子どものお手本であってほしい。

野球好きなら訪れるべき場所。
とても楽しめると思うよ。


ほいじゃ、また




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